名古屋高等裁判所金沢支部 昭和34年(う)260号 判決 1960年2月02日
被告人 村上昭雄
主文
原判決を破棄する。
本件を福井地方裁判所に差し戻す。
理由
論旨に対する判断に先立ち職権を以て本件記録を精査するに原審第四回及び第五回公判調書の記載によれば原審における口頭弁論は昭和三十四年八月二十七日一旦終結され、其の際判決宣告の公判期日を同年九月七日午前十時と指定告知されたこと、同年九月四日に至り弁護人より被害者との示談交渉の模様を立証するため判決宣告期日変更申請がなされたこと、原審は右申請につき検察官の意見を聴いた上同年九月七日に至り同日午前十時の判決宣告期日を同年同月十四日午前十時に変更する旨の決定をなしたこと右変更された同年同月十四日午前十時の公判において弁護人より口頭弁論再開の申請がなされ原審は之を許し弁論再開決定を宣し弁護人申請の本件に関する被害弁償に関する宮下伝、樋本順平、石内周治各作成の上申書三通につき証拠調をなし引き続き検察官弁護人双方の各意見陳述、被告人の最終陳述がなされ口頭弁論が終結され直ちに判決宣告がなされたことが夫々明らかであつて、右証拠調をした書類の中宮下伝作成名義の上申書には昭和三十四年九月十三日附福井地方裁判所宛として「被告人村上昭雄の詐欺等被告事件につき私の蒙つた被害金の損害については本日金三十万円也を持参し謝罪に赴き残金は毎月入金弁済することとし更生を誓つていますので私の被害は全部免除することとした」旨の記載があり、樋本順平作成名義の上申書には昭和三十四年九月十二日附福井地方裁判所宛として「被告人村上昭雄の詐欺等被告事件につき私の蒙つた被害金の損害については本日金一万七千円也を持参し謝罪に赴き残金に対しては毎月入金弁済することとし更生を誓つていますので私の被害は全部免除することとした」旨の記載があり、石内周治作成名義の上申書には昭和三十四年九月十二日附福井地方裁判所宛として「被告人村上昭雄の詐欺等被告事件につき私の蒙つた被害金の損害については本日金二万円也を持参し謝罪に赴き残金は毎月入金弁済することとし更生を誓つていますので私の被害は全部免除することとした」旨の記載のあることをそれぞれ認め得られる。然るに記録編綴の判決書によれば同判決書に記載してある日附は昭和三十四年九月七日であることが明らかである。
ところで判決書は刑事訴訟規則第五十三条第五十八条等に則り作成されるものであるから判決書の日附は其の作成の日附の表示と解すべきものである。従つて右日附が誤記であることを推認し得べき資料の何等存しない本件における原審判決書は昭和三十四年九月七日に作成されたものと認めざるを得ない。そうしてみれば原審判決書は口頭弁論再開後の弁論並びに之にあらわれた資料はすべて判断の対象の範囲外に置き、之を考慮することなく判決したとの批難を免れ得ない。而しておよそ判決が口頭弁論に基いてしなければならないことは刑事訴訟法第四十三条の明定するところであるが同条の法意は口頭弁論にあらわれた資料は、判断の結果による採否斟酌は別として、すべて判断の対象とすることを要し、口頭弁論にあらわれた資料の一部を判断の対象から任意に除外して之を不問に付することは訴訟手続上許されない趣旨をも規定しているものと解すべきものであるから、右のように再開後の口頭弁論にあらわれた資料につき之を判断の対象としたものと認め得る余地のない原判決には、訴訟手続たる刑事訴訟法第四十三条に違反した違法があるものと謂わねばならぬ。そして右の違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから原判決は破棄を免れない。
(裁判官 山田義盛 辻三雄 沢田哲夫)